ばあちゃんのひじき

(不味い…。)

いつもの味じゃない。

おかしい。

どうしたんだばあちゃん。

 

 

「味見してくれる?」

(こんなことを聞くなんて珍しいな…。)

そう思いながら、差し出されたひじきの煮物を食べると

何時も私を笑顔にするばあちゃんの味とは明らかにかけ離れていた。

 

(あの料理上手なばあちゃんが失敗したのか?)

 

心の声が聞こえたのか、ばあちゃんは

「美味しくなかった?」

と言った。

 

抗がん剤治療を始めてから、味がわからなくなって。」

 

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それ以来、ばあちゃんは料理をするとき

私を呼ぶようになった。

「味見してくれる?」

いつもの味を思い出しながら、醤油が足りないね、もう少し砂糖を入れようかと話した。

料理屋を開いていて何でもそつなく作るばあちゃんに頼られるのはなんだか恥ずかしかったりもした。

これからはばあちゃんの味付けを学んでいこう。

でもばあちゃんのがんが治ったらもう料理の手伝いなんてさせてもらえないな。

なんて考えていた。

 

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それは突然だった。

 

ばあちゃんが死んだ。

昨日まであんなに元気だったのに。

 

言葉が出なかった。

ただただ涙が落ちるばかりだった。

「本当に悲しい時は涙なんか出ない」という言葉があるが

これは本当なのだろうか。

瞳から川のように涙があふれ、それは止まることがなかった。

それと同時にばあちゃんとの思い出が走馬灯のように頭によぎる。

 

ばあちゃんのひじき。

ばあちゃんと一緒に作ったひじきの煮物。

もう一緒に作ることもできないし、

一緒に食べることもできないんだ。

 

悲しみの波が引くことはなかった。

 

 

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あれから数年。

母からクール宅急便でひじきの煮物が届いた。

美味しいけどばあちゃんとは違う、母のひじきを食べながら思い出す。

 

ばあちゃんのひじき、美味しかったなあ。

ばあちゃんのひじきはもう食べられないけど、

ちゃんと覚えているよ。

いつも私のために作ってくれてありがとう。

 

私は記憶にあるばあちゃんの味を再現することに専念した。

何度も何度も作って、ばあちゃんの味に近づけるように努力した。

でもまだまだ届かない。

あの味には程遠い。

 

ばあちゃん。

いつか私もばあちゃんみたいにおいしいひじきの煮物を作るからね。